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仙台高等裁判所 昭和46年(行コ)2号 判決

東京都文京区千駄木五丁目四一番三号

控訴人

吉田雅

右訴訟代理人弁護士

古川太三郎

平林良章

佐藤充宏

仙台市北一番丁一一七番地

被控訴人

仙台北税務署長

渡部誠夫

右指定代理人

象藤信正

長谷川政司

西垣稔丸

斎藤啓

鈴木昭平

菅原孝夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が亡大泉まつに対して昭和四三年一〇月一一日付でした同人の昭和四二年分の所得税について、総所得金額金七一四万五、七六一円、所得税額金二五二万九、八〇〇円とする再更正処分及び過少申告加算税を金四万九、四〇〇円とする賦課決定処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、控訴代理人において、控訴人の先代大泉まつ(死亡)が大泉仁弥(現在は木皿仁弥)に支払つた金員は本件農地の離作料である。即ち、

(イ)、まつと仁弥とは養親子関係にあつたから、その関係が続く限り、両者間の使用貸借関係は顕在化せず、表面上は養親子関係の中に埋没しているのである。従つて、本件農地につき農業委員会の許可を受けた使用借権が存在しないからと言つて、直ちに、右両者間に使用貸借関係が存在しなかつたとは言えないものであり、寧ろ、農地解放を免がれるため仁弥を養子に迎えた事情及び離縁訴訟の実家が本件農地の売却を容易ならしめるためのものであつた事情を考えれば、仁弥が本件農地につき耕作権を有していたことが充分に推測されるところであるから、まつが仁弥に支払つた金四〇〇万円は本件農地の離作料と言うべきである。

(ロ)、まつと仁弥間に成立した離縁訴訟の和解条項第四項に、農地と引換えに金二〇〇万円を支払うべき旨が定められていることに照らせば、まつが仁弥に支払つた金四〇〇万円は離作料の性質を有すること明らかであり、仮に、金四〇〇万円中の一部が慰籍料の性質を有していたとしても、その大部分は離作料とみるべきものである。

(ハ)、仮に、右の金四〇〇万円全額が離作料でないとしても、被控訴人が弁護士報酬金三〇万円中金二〇万円を本件農地の譲渡に要した費用と認めたことは、離縁訴訟において、少くとも三分の二は本件農地の譲渡に直接かかわるものであることを認めたものに外ならないから、金四〇〇万円の三分の二、即ち、金二六六万余円は離作料と認めるべきである。

と述べたほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、ここに引用する。

理由

当裁判所は原判決と同じ理由で、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。よつて、左記の点を訂正するほかは、原判決の理由記載をここに引用する。

原判決八枚目裏四行目より一〇枚目表六行目までを次のとおり改める。

成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一号証の一、第七号証に照らすと、訴外木皿仁弥は昭和二三年頃(当時一五才位)控訴人の先代大泉まつと養子緑組(但し、その旨の届出は昭和三〇年一月三一日)して以来同四〇年一一月一〇日前記のごとく離縁の和解が成立(その旨の届出は同四〇年一二月二一日)するまでの間、まつ所有の本件農地外九筆の田畑を耕作してきたこと、そして、右和解における条項の要旨は、

第一項、まつと仁弥とは協議の上離縁する。離縁の届出は、後記の昭和四〇年一二月末日支払う金二〇〇万円の受領と同時にすること。

第二項、まつは仁弥に対し金四〇〇万円を支払うこと。その支払期日は、

(1)、内金二〇〇万円は昭和四〇年一二月末日限り仁弥代理人方で支払う。但し仁弥は支払を同四一年一月末まで猶予する

(2)、残金二〇〇万円は昭和四二年一月末日後記家屋明渡と引換に支払う。

第三項、仁弥はまつに対し………中略………居宅一棟二一坪二合から昭和四二年一月末日限り退去して同建物を明渡すこと。

第四項、仁弥はまつに対し仁弥が耕作している仙台市長町字二ツ沢二番ないし五番、六番の一ないし三、七番の一ないし六の田畑一三筆を昭和四〇年一二月末日支払うべき金二〇〇万円の支払と引換えに明渡すこと。

と言うものであり、右当事者が和解条項をそれぞれ履行したこと、及び、本件農地が右和解条項第四項所定の農地のうち三番、七番の四ないし六に該当することが認められ、右認定に反する証拠はない。

右和解条項第二項の(2)、第三、四項に照らすと、まつが仁弥に支払つた金四〇〇万円は、恰かも、内金二〇〇万円が立退料、内金二〇〇万円が離作料であつて、慰籍料は全く含まれていないような外観を呈している。けれども、成立に争いのない乙第五、第六、第一二、第一三号証と証人古川太三郎の証言を総合すると、仁弥がまつ所有の右家屋に居住し、右田畑を耕作してきたのは、法定血族関係の成立に伴う必然の帰結として、右家屋においてまつと起居を共にし、まつの農耕補助者として耕作に従事してきたものであることが認められ、右認定に反する証拠がないから離縁によつて法定血族関係が終熄すれば、仁弥は必然的に農耕補助者たるの地位を失つて耕作に従事すべき権利も義務もなくなり、また、右家屋を使用すべき権利も失うので、退去の己むなきに至るのである。してみると、仁弥が右家屋に入居し、或いは退去し、右田畑を耕作し、或いは離作することは、これ総て養子縁組の成立及び解消に原因するところであつて、貸借契約が成立及び解約に原因するそれとは全く趣を異にするから、離縁から派生する退去、離作は、貸借契約の解約によつて個々的に生ずる立退料、離作料のごとき損害補償の意味においては、補償の客体となるものではなく、身分契約の解消に伴う損害の一括補償としての慰籍料の範疇に属するものと看るのが相当である、而して、和解条項に表示された金四〇〇万円が、離縁の成立を前提とし、離縁と不即不離の関係にある事実と証人成田哲の証言に徴して真正に成立したものと認める乙第八号証及び証人津田孝一の証言に徴して真正に成立したものと認める乙第九号証並びに証人古川太三郎の証言(但し、後記措信しない部分を除く)を併せ考えれば、右金員は、和解期日において、まつが慰謝料名義で支出することを嫌い、生活補償の名義で支出することを応諾するに至つたため、支出名目が、前示のごとく、立退料、離作料のごとき表現となつたのであつて、その実質は、慰謝料であると推認されるところであり、前記古川証人の証言中右金員は離作料として支払われた旨の証言は信用できない。されば、右金四〇〇万円は離作料ではなく、慰謝料であるから、本件農地の譲渡に要した費用と認めるに由なきものである。猶ほ、弁護士報酬金三〇万円のうち金二〇万円が本件農地の譲渡に要した費用と認められたのは、成立に争いのない乙第一〇号証及び証人成田哲の証言と同証言に徴して真正に成立したものと認める乙第一一号証並びに証人古川太三郎の証言を総合すると、報酬金三〇万円は、まつと仁弥間の前示離縁訴訟の報酬であつたのであるが、被控訴人が麹町税務署長宛に、右報酬金は離縁訴訟の報酬か、それとも、まつ所有の土地売買に関する斡施仲介の謝礼金か、の反面調査を依頼したのに対し、麹町税務署長が、右金員の内訳は確認できないとしたうえ、古川弁護士が、強いて按分すれば、内金二〇万円は売買関係の報酬、内金一〇万円は離縁訴訟のそれであると述べている旨を回答してきたので、被控訴人が内金二〇万円を本件農地の売買に要した費用と認定し、残額金一〇万円を否認したがためであることが認められるから、元来右金三〇万円は離縁訴訟の報酬であつて、本件農地の売買とは無関係であつたものを、被控訴人が誤認して、右のごとく控訴人の有利に認定されたものに外ならないのである。してみると、被控訴人が認定した報酬の内訳から按分算出して、和解条項所定の金四〇〇万円の三分の二に当る金二六六万余円が離作料である旨の控訴人の主張は採用することができない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中隆 裁判官 牧野進 裁判官 井田友吉)

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